寂しいなぁと思う

まん延するニセ科学と、対峙する科学者たち


今の科学の範疇に入らないからすべて否定してしまうのはどうかと思うのです。
現在の科学の元になっているものだって、
過去のある時代には否定されてきた物もあるはずだからです。
今ある知識を使って新しく出てくる現象に「あーだこーだ」言うのは
科学者じゃなくて「検証者」だと思うのです。
科学者ならその未知なる現象を追求するとか
それ以外でも良いので新たなものを探し出して欲しいと思うんです。


天動説だって最初はね。
素粒子の世界だってかなり突拍子も無い話も出てきてますし。
既に起きてる現象は評価しても良いと思うのですよね。
ツボとか鍼灸の治療だってある意味経験に基づいたもので
科学的根拠(最近は研究が進んでるみたいですね)がある訳でなく。
科学が将来新しい科学になるかも知れないことを否定してしまうのが寂しいです。


科学が今の世の中に影響を与えたものとして
「闇」の質の変化があると思うんですね。
昔、夜の暗がりは怖かったんです。(今も怖いけど^^;)
今は暗がりが減ってきてるし、怖がる理由も減ってきてるんですね。
「オバケ」「妖怪」とかその手の逸話が信じられなくなってきて・・・
科学が否定しちゃったから。


目に見えないもの、科学で証明できないものを否定して来て
今の世の中があるので現在の科学は否定する事はできません。
でも捨ててきたものの中に「今」この時代に必要なものが
かなりあったように思います。
昔の日本の夜はかなり騒がしかったんだろうと思います。
神様の目がそこかしこにあったろうし
妖怪や妖精が物陰から覗いてたりしてたと思うので。


その見えない目が色々な抑止力になっていた時代が確実にあったと思うのです。
闇夜とかで何かに見られてるという感覚。
この感覚が薄れて、周りに人がいないから何をやってもしていないのと同じという感覚。
カルマとか業とかの意味。
なんか哀しい。


後半の方はかなり受売りですけども・・・(^^;
まぁ、こういうことを書くと色々といわれそうですがあえて書いておきました。
正論には反論も無いと議論にもならないし、流されちゃいますからね。